◻︎子守唄
いつもの事だ、そういつもの事。 僕は現実から逃げ出すように、家を出る。 心の感情を隠すように、力一杯自転車を漕ぎながら、夜の闇へと消えていく。 周りには畑と闇にひっそりと浮かぶ星々が僕の涙になる。 悲しくなんてない、ないはずなのに。 ポロポロと毀れているのは何故だろう。 感情の綻びが僕を少しずつ壊していく。 まるで心と体がリンクしているように、ペダルを漕ぐ足も徐々に固まって、コンクリートの一部になっていく。 誰も助けてくれない、誰も支えてくれない、誰も僕を見てくれない。 夜の闇に漂いながら、暗闇に目を向けると、カクンと足の感覚がなくなる。 動かない、動けない。 ペダルさえも、この足も、僕の心も、悔しさも。 上半身だけ動かす事が出来る。 自転車に乗ったまま転んだ僕。 頬は擦り傷。 もう嫌だな、逃げたい。 そう呟きながらコンクリートの上に倒れている自分が情けなくて。 逃げ場のない、居場所のない、空間を漂っている。 派手に転んだ自転車と体。 前かごに入れていた携帯が目の前に転がって、光っている。 液晶を見ると『咲』と描かれてある。 僕は、涙を拭き、壊れそうな心を隠し、微笑む。 咲は気づくかもしれないけど、それでも微笑みを忘れたくない。 不器用でもいいんだ。咲が幸せなら。 それだけで、充分。 『もしもし』 鼓膜から全身に巡るのは彼女の温もりと声。 まるで子守歌のようだ……。 ◻︎狩り 僕の手は桜の花びらが舞い散るように崩れていく。◻︎ブレスレット あたしはブレスレットなんか基本しない。そういうの興味がなくてうといって友人に言われてたっけ。女の子なんだから、可愛いものに興味持ちなよなんて……余計なお世話だ、と溜息を吐きながらも、興味津々に見つめているあたしがいたんだ。 女だからね。やはり可愛いもの好きに決まってるじゃん。だけどキャラ的にそういうのアウトな気がして『お姉さん』ぶってた部分あるのね。冷静、変わり者、旅人、色々二つ名がついてた。いつの間にか傍にいて、いつの間にかいなくなる『風来坊』とか、なんて失礼な言い方なんだ。そう思うけどさ、長年の友人達だし、言っている事間違いじゃないから、なんとも言えない。グーの音も出ない。 そんな時にアオがあたしに提案をしてきたの。凄く綺麗な提案をね…… 『ひかり、お揃いのブレスレット買おうよ』「……へ?」 唐突な彼の言葉に変な声で反応してしまう自分がいて、なんだか可笑しい。そう思っているのはあたしだけじゃなくて、アオも同じだったみたい。 ケラケラ笑いながら、何だよその声、なんて可愛い笑顔を見せてくれるの。アオとは付き合って二年になるあたしの大切な人。あたしも詩を綴り、彼も詩を綴る。変なカップルだったのを覚えている。 『あー腹いてぇ』 クスクス笑っている。そこまで笑わなくてもいいじゃない。どこかツボにはまったらしく、なかなか抜け出せない模様。そんな彼を見つめていると、微笑んでいる自分もいる。傍にいる、体温を感じながら、彼の温もりに包まれて、返答をするの。いいよ、って……「そんなに笑わなくても、アオらしくない事言うアオが悪い」 プクウと頬を膨らましながら、彼をギュッと抱きしめると、一瞬驚いた表情であたしを見つめ、そして微笑みながら抱きしめてくれる。 これが幸せ、あたし達の『愛』の形なの。「買うのはいいけど、金属アレルギーじゃないの?」 ブレスレットと言うと普通のブレスレットを想像しているあたし。勿論彼は微笑みながらあたしの耳に唇を近づけ息と共に言葉を綴る。
◻︎逃げ場 何処にも居場所のない僕は、暗闇に包まれた地獄に染まった家から飛び出し、自転車で夜の闇へと逃亡する。遠くから『カズ』と祖父母の声が聞こえるけど、心のバランスを崩し、耐えれなくなった僕は、現実からも逃亡したのだ。 感情的になると涙を流しながら自転車で走る。淡い電灯が僕の影を揺らしながら、色あせて真っ黒へと染まっていく。自分の心のように……。 そう感じるのは『まだ』人間としての優しさと心が残っている証拠だと思うんだよね。これは僕の価値観だからさ、皆が同じ感情に揺られる事はないと思うんだ。 てか、ないよね。うん……まずないよ。 言い切ってしまえば、簡単なもので心のドス黒い部分が安心して、灰色へと変わっていく。どんなこぎつけの理由でも自分に暗示をかければ、それは逃げ場となるから簡単なんだ。 朝は嫌い。大嫌い。夜も嫌い。でも……大好きでもある。 本当の孤独を感じる事が出来るから?人がいない時間を自分のものだと錯覚するから? それとも…… 本当の自分を夜の闇が隠してくれるから? 逃げても逃げても追いかけてくる『月』だけは、自由にしてくれない。 まるで孤独な心を包むように、微笑みを残すのだから。 一人になりたいのに、どこまでも付きまとう月に、問いかけてみるんだ。 いいね。闇の中でも光になれて、羨ましいよ、と……。 まるで『あの人』のようだ。僕を決して捨てなかった人。そして僕を追い詰め壊した張本人。 『人を憎むのは分かる。でも……お前を傷つける人ばかりじゃない。私が傍にいる』 言葉の鎖は厄介だ。心を浸食していき、少し夢を見てしまうじゃないか……。 逃げ込む場所に『あの人』はいないのに……。 涙なんて流さない、流したくない。 認めるのが怖いから。 ◻︎
◻︎紡ぎ合う詩 彼女はいつもいつも詩を紡いで想いを乗せて僕へと送る。心に耳に、脳に体に。ふふふと悪戯っ子みたいに微笑む彼女を忘れる事なんて出来ない。 陰と陽。二つに分かれた彼女の姿を見たのは僕だけだろう。抱え込む傾向にあるから、滅多に人に出さないと思う。まるで鏡のようだ。『外』の彼女が鏡に手を触れる。悲しそうに、一言呟いて涙する。それに反応するように『中』の彼女が鏡の内側から手を伸ばし鏡に触れる。微笑みと闇に包まれて。 『両極端』そう言えば簡単なのかもしれない。他の説明の仕方が分からない。不思議なバランスの心で出来ている彼女。僕がすこし手を離すと、もう二度と戻らないと不安でいっぱいになってしまう程。「手放したくないのなら、探してごらん」 いつもの口癖で僕を試すんだ。そうやって微笑みながらも、言葉で翻弄させながら、確かめる。 それだけ彼女は用心深く、脆い、そして優しいのかもしれない。 優しさは複数の優しさがある。 包む優しさ 共に泣く優しさ 怒る優しさ そして『突き放す』優しさ 彼女は人の性格によって『やさしさ』を変えていく。 少しの疑問を漂わせて、相手が自分で考えて『成長』出来るように、誤魔化して空間を見つめている。「あたしの本当の姿は、見えないだろうね」 『僕も?』「難しいと思うよ」 『なんで?』「あたしの背負っているものにも気付けない。表面と内側のギャップにも気付けない」 『他の人よりは、気づけたよ?』「まだ足りない」 不思議な言葉を残す彼女は言葉を操る。 心理を少し学んだと聞いた事がある。 それは『あの人』の為だと……。 そして『経験』だと……。 抱え込むものの複雑さを理解しているのは『僕
◻︎楽しい旅路 よく旅行に行ってた。車で色々なところを走り、新鮮さを感じながら感性を磨いていた。 旅は心を磨く、そして感受性も豊になる。だからこの一瞬一瞬を大切にしない。 いつも同じ言葉を呟く彼を横目で見ながら、クスリと微笑んだ。 子供じゃないんだからさ、一度で分かるよ、子供扱いして、なんて思いながら、この空間を満喫している自分がいる。凄く温かくて、なんだか落ち着く。変なのよ、頬が緩んで『かわいい』なんて思いながら、笑っているあたし。 『そんな笑う事か?』 彼は少しふくれっつらをして、聞いてくる。 勿論あたしはいつもと同じ答えを言葉にするの。「かわいい」 かわいい、なんて言われて嬉しいのかというと、微妙みたい。 そんな毎回の旅行も楽しい時間、ひと時なの。 『飲み物買ってくる。お前いる?』「うん」 『待ってろよ』「はーい」 ちゃんと素直さをアピールして安心させると、あたしを車に残し、遠のいていく。 それを見ていたかのように、二人の人物があたしの前に現れ、窓をコンコンとノックする。 いつもと同じパターンだ、これ……。そう思いながらも、ついつい演じてしまう自分がいて、怖い。 『ねぇ|ぼく《・・》どこから来たの?』 綺麗なロングヘアーが似合う、見た目大学生らしき女性二人組。 いっつも、そうだ。この繰り返し。もう慣れた。いつもの事だから。 そう思いながらも、内心は『またかよ……めんどくせ』なんて毒を吐きながら、暴走している。 まぁ、そんなあたしの心の言葉なんて興味がないだろうから、話の続きをしようか。 『ねぇ。シカトしないで。お姉さん悲しい』 車の窓が少し開いているので、自らの事をお姉さんと言う、この人の声が耳で木魂する。 どう説明しようかと
◻︎リンクする歌声 色々なものを捨ててきた。歌の為に。全てを捧げてきた。自分の為に。 僕はこの小さなレコーディング室でノイズと彼女の歌声に抱かれながら、夢うつつ。 人の心音に近い音調、彼女はその幻想的な空間に包まれながら歌を歌っている。 歌が色を彩り、ノイズへと変化していく。 脳内に痺れるノイズが、僕を壊していく。 彼女の歌に抱かれながら、眠りにつく、子猫のように。「I feel ashamed and sleep」 (心 抱かれて 眠る あなた)「I Noise Cell Moon Night」 (私 ノイズ 細胞 月夜) ガラス越しで君を見ている僕達。 君の歌は海外アーティストへと憧れそのものの形。 追いつこうとして感情の波をmusicにのせる。 <あたしはあたしの『想い』を『感情』を『夢』を『愛情』を表現するの。素敵でしょ?> 僕にそう呟いていた君はいつも純粋で輝いてて、僕には眩しすぎた。 脳がとろける、君の音。壊れていく僕の理性。 君は悲しそうに歌を歌う。誰に届けている想い?僕?それとも……。 <あたしは歌しかないの。歌を失ったら生きていけない。社長の為にも> 思い出せば出すほど、僕の心に傷をつける。 僕の為に歌っている訳じゃないから、見守る事しか許されない。 拾われた『君』の親代わりでもある社長。 そんな大きな存在に勝てるなんて甘い考えは抱いていない。 君は泣きながら歌う。 ここは室内、なのに、自然の中で包まれて歌っているみたいだ。 君にはよく『夜空』が似合う。 栗色でロングの髪がゆるりと靡きながら、僕を誘う。 うとうとしてしまう、子守歌。 僕だけのもの
◻︎子守唄 いつもの事だ、そういつもの事。 僕は現実から逃げ出すように、家を出る。 心の感情を隠すように、力一杯自転車を漕ぎながら、夜の闇へと消えていく。 周りには畑と闇にひっそりと浮かぶ星々が僕の涙になる。 悲しくなんてない、ないはずなのに。 ポロポロと毀れているのは何故だろう。 感情の綻びが僕を少しずつ壊していく。 まるで心と体がリンクしているように、ペダルを漕ぐ足も徐々に固まって、コンクリートの一部になっていく。 誰も助けてくれない、誰も支えてくれない、誰も僕を見てくれない。 夜の闇に漂いながら、暗闇に目を向けると、カクンと足の感覚がなくなる。 動かない、動けない。 ペダルさえも、この足も、僕の心も、悔しさも。 上半身だけ動かす事が出来る。 自転車に乗ったまま転んだ僕。 頬は擦り傷。 もう嫌だな、逃げたい。 そう呟きながらコンクリートの上に倒れている自分が情けなくて。 逃げ場のない、居場所のない、空間を漂っている。 派手に転んだ自転車と体。 前かごに入れていた携帯が目の前に転がって、光っている。 液晶を見ると『咲』と描かれてある。 僕は、涙を拭き、壊れそうな心を隠し、微笑む。 咲は気づくかもしれないけど、それでも微笑みを忘れたくない。 不器用でもいいんだ。咲が幸せなら。 それだけで、充分。 『もしもし』 鼓膜から全身に巡るのは彼女の温もりと声。 まるで子守歌のようだ……。 ◻︎狩り 僕の手は桜の花びらが舞い散るように崩れていく。